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  • 従来の国語教育の限界

従来の「普通の」国語の勉強では、国語力アップは難しい

日本語は普段の生活で使用しているのでなんとなく「自然とできるようになる」と思いがちです。しかし、
「(正しい)国語」という視点で見ると、日常生活で使っている「国語」は、文法や語彙はもちろん、論理的にも不十分なことがたくさんあります。

実は、国語の指導はかなり難しい

国語を勉強するには塾に通うのが一般的です。ですが、従来型の大手塾の指導は「知識の詰め込み」と「読解力養成」に偏っています。
●四字熟語の穴埋めができても、どういう時に使うのか分からない。

●文章を読解して、選択肢問題と抜き出し問題はできるけど、自分の言葉で説明することはできない。

このような状況になってしまっている受験生がたくさんいます。

受験のことを考えても、記述問題を出題する学校が増える今、この学習法では限界があります。

指導する講師や環境面にも国語の指導力を下げる原因が

授業の進度は、模試や入試などから逆算して作成されているため、生徒の理解度の状況に関わらずどんどん進める必要があります。
つまり、どこかの授業でお子さんがつまづいても、授業を止めるわけにはいかないのです。

また、校舎によって指導内容にばらつきが出ないように、指導法はマニュアル化され画一的な授業が行われます。
問題を解き、丸付けとポイント解説をする。このサイクルを繰り返します。

解説をするポイントなどは予め決められており、生徒からのイレギュラーな質問の対応はあまりできません。

なぜなら、「国語の先生」と言っても、国語を専門としていない文系の大学生が先生であることが多いからです。
学生自身が優秀でも、国語の先生として優秀とは限りません。

なぜなら、国語の指導は特に経験値が必要です。指導内容は「日本語」ですから、お子さんも“分かったつもり”になることが多く、「生徒(お子さん)が何が分からないのか」が最も見えづらいのです。また、算数のように、式を書かせることもできないため、どこの時点でつまづいているのかを見極めるのは大変です。

年齢や学年、コースで区切ることはナンセンス

そもそも、年齢によって区切ること自体に大きな意味があるのでしょうか。

6年生でも語彙が不足していれば徹底的に語彙力をつける必要があります。低学年でも高い国語力があれば、それを更に伸ばす指導をする必要があります。

模試の偏差値は4教科の総合でされ、国語が苦手でも、国語以外の点数が良ければ「難関・上位クラス」に入ることができます。しかし、算数・理科だけでなく国語の授業のレベルも上がってしまうため、苦手な国語がさらに苦手になった、というのはよくある話です。

まだ、文の読み方を分かっていない生徒に、読解のノウハウや抜き出しのノウハウを教えても点数につながるわけがありません。

年齢で機械的にわけず、お子さんの理解度に合わせて指導する必要があるのです。

記述力・表現力を伸ばすにはアウトプット(実際に書いてみる)ことが一番

これまでの「読解力」に偏った指導法の中では、受け身になっていても成果が出たかもしれません。
しかし、その次の力である「記述力」「表現力」は受け身になって学んでも伸びることはありません。

言葉にして、文に書いて、実際に使うことで身につきます。
他者に伝達してみて初めて「伝わる・伝わらない」が分かり、「どうすれば自分の考えを伝えることができるのか」と工夫をするようになります。

小論文の添削指導で有名な樋口裕一先生は次のようにおっしゃっています。

文章というのは不思議なもので、なかなか自分の書いた文章の出来ぐあいがわかりません。自分で傑作と思っても、他人が読めばひどいものだということもよくあります。だからこそ、文章に関しては添削を受ける必要があるのです。見識のある人に添削してもらって、欠点を指摘してもらい、アドバイスを受けてこそ、ぐんぐんと力をつけます。(白藍塾 「塾長あいさつ」より引用)

自分の考えを書く、そして、人に伝えてみる。さらに、どうすればもっとよくなるのかアドバイスをもらう。
こういった指導が、本当の国語力を養成するのに必要なのです。

こんな国語力を楽しく
身につけるのが
「アルペ記述読解教室」です