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2015年(平成27年度) 小石川中・武蔵中・富士中・大泉中_適性1【解法のポイント】

公立中高一貫校 適性検査

※入試制度の変更により、小石川中・武蔵中・富士中・大泉中の4つの中学校で、同じ問題が出題されました。

2015年の適正1に関しては、これまで小石川中・武蔵中の過去問の傾向と大きく傾向は変わっていません。過去問をきちんと解いてきたお子さんたちにとっては、比較的取り組みやすく高得点を狙える問題であったと思います。

題材は、文章1が木下是雄さんの『理科系の作文技術』、文章2が養老猛司さんの『メッセージのメッセージ』が用いられました。
では、それぞれ、文章の中の要旨を見ていきましょう。

文章1

木下是雄さんの『理科系の作文技術』で言いたいことは明確です。

世の中には・・・はっきりものを言われなければならない場面がたくさんある。そういうときに相手をおもんぱかって、敢えて自分の考えを明言せぬ言語習慣が、私たちの社会の風通しをわるくしている。

ここで分かることは、はっきりものを言わなければならない場面で言わないと風通しが悪くなることがあるということですね。

そして、科学のことに話題が移ります。

科学は冷たく澄んだ世界で、とことんまで突き詰めた明確な表現が必要なのだが、

例えば、数値で表すことが「明確な表現」になります。

私たちはとかく表現をぼかし、断言を避けて、問題をあいまいにし、

その結果どうなってしまうかというと、

論争を不徹底にしてしまいがちである。

あいまいなままでは論争できない、議論ができない、検証できない。これは、「日本語」(と日本の文化)に原因があるのではないか。

そして、「しかし」から筆者の言いたいことが始まります。

理科系の仕事の文書は・・・心情的要素は含まず、政治的考慮とも無縁で、・・・明解を旨とすべき。・・・つまり、意見は明解かつ具体的であらねばならぬ。

これが言いたいことですね。筆者は「日本語のもの言いの美しさ」は愛しているけれども、理科系の仕事の文書には不向きであると言っています。

このあと、日本文学者、ドナルド・キーンさんの事例があります。この事例からも日本人がいかにあいまいに表現をしているか、ぼかし言葉を使っているかというのがわかります。

そして、最後の一文が重要です。

しかし私たちは、理科系の文書に関するかぎり、敢えて<日本語でない>日本語、明確な日本語を使うようにしようではないか。

「逆説のしかし」は重要です。これが最後の結論です。

筆者は、同じ内容を繰り返し伝えています。全体の大まかな内容は、

日本語はぼかし言葉を多く使う、表現をぼかして断言を避けて問題をあいまいにする。それが日本語の物言いの美しさでもあるのですが、今回それには適していない場面、つまり科学の場面では、理科系の文書の時には、明確かつ、きちんと言い切る、あいまいにしない、本来の日本語とは違う日本語を正しく明確に使いましょう

ということが一番言いたいことです。

この文章の出典のタイトルをしっかり見ていけば、何が軸になるかわかるはずです。『理科系の作文技術』という出典ですから、理科系の作文を書く際には、どんなことが大事かということですね。

はっきり言い切ることが大事これが明らかになっていることです。

文章2 養老猛司さんの『メッセージのメッセージ』

趣(おもむき)が少し変わり穏やかな文章です。筆者は自然の中で虫取り教室を筆者をしますが、「そこで何も教えるわけではない」と言っています。

ただ虫のいそうなところに一緒に出かける、あれこれ指図もしない、子供の顔を見てただにこにこしているだけ

と言っています。「ただ出かけるだけ」で子供たちに何か伝わるか?と思いますが、ちゃんと伝わるんですね。

メタメッセージという言葉が出てきてますが、小学生が知っているとは思えません。前後の内容から意味を推測しましょう。
(メタメッセージとは、本来の意味をこえた、別の意味を与えるメッセージ)

子どもたちに具体的な説明をするときのメタメッセージとは、その説明の内容自体ではなく、

この人(話して)は何を面白いと思っているかとか、何を大切だと思っているか、そういうことが間接的に伝わる

ということですね。この後に要するに」という言葉があります。これは大事なこと集約するときに使いますね。

わかってほしいのは虫取りは面白いとか、一生やることができる仕事だとか、そいうことなのである。

それを直接言葉に出して言うのではなくて、言葉以外から分かってもらうと言っています。

だから黙って私が連れていく。虫の世界を本気で面白いと思っていれば、それが・・・子どもたちに伝わる。

表現、体の表情や動作、もしくはエネルギーによっていつの間にか子供たちに伝わるかもしれない。大切なのはそこだと言っています。

話は虫取り教室から現代社会へと話が移ります。

現代人はおびただしいほどのメタメッセージにさらされている

という現状を書いています。

「情報化されるものだけが存在する」それがネット社会のメタメッセージである。すべてが言葉になり、写真になり、図表になる、それがいかに貧しい世界か、それを子供たちに確認してもらいたい、それが虫取りの最終メタメッセージである

と締めくくっています。

筆者が伝えたいのは、虫取りの事象を例にして一緒にそこで野山に行き、時間を過ごす、そうすることでいかにその時間が気持ちがよく、ご飯もおいしくなるかということを身をもって体験する・共有する。

それは言葉では説明できないし、説明する必要もない。実感するということは言葉の長い説明は必要がない、ということを伝えたいわけですね。

子供たちにも、言葉だけで伝わる情報(写真・図表になってるもの)に対するアンテナにかかる情報だけ受け取るというのはいかに貧しいか。
(逆に言語化できないメッセージを感じることがいかに大切なのか)

それをこの虫取りの行動を通じて伝えたい、ということが養老さんのメッセージですね。

 

文章1,2を振り返ると、文章1の方は科学の分野の話であいまいさは避けて、はっきり言い切ることが大切であると、そして文章2は言葉だけで説明をし尽くさずに、時を共有することによって実感するということが大事、説明する必要がない場合がある。言葉だけ、写真だけ、図表にだけ、それ貧しい世界になってしまう、ということを言っています。

ともに文章1も2も、メッセージ(の伝え方・受け取り方)に関するものです。コミュニケーション、人間同士の伝達で大切なこと、人が伝えあうときにはどんなんことが大事かについて書いてありました。

 

では、設問にいきましょう。問題1、こと理科系の文書に関する限り、あえて日本語ではない日本語、明確な日本語を使うことにしようではないか。理科系の文書で明確な日本語を使わなかった場合、どのようになってしまうと筆者は述べていますか。非常にわかりやすい問題だと思います。文章1の1段落の中、1段落の最後に、私たちはとかくj表現をぼかし、断言を避けて問題をあいまいにしてしまう、そうするとどうなってしまうか、論争を不徹底にしてしまいがちである、という風に書いてあります。ここを答えにつなげていけばいいでしょう。問題があいまいになり、論争が不徹底になってしまう。あいまいな場合ぼどうなるかという結論はこの文章の中では、論争が不徹底になってしまうということをメインの答えとして取り上げていけばいいと思います。文章2についての設問、問題2、最終のメタメッセージとありますが、ここで筆者の言う最終のメタメッセージの内容を文章中の言葉を使って30字以上40字以内で適切にまとめなさい。意外と字数が短いので、端的にまとめていかなければなりません。全部を書くことはできません。本文中の言葉を使ってですから、キーワードとなるものを拾っていきましょう。文章は虫取りの話を具体例にして始まっていきますが、この具体例のところを入れていったのでは30字、40字の字数には当てはまりません。文章を通じて何を言いたいか。虫取りの話の途中、上の段の後ろから3行目にこうかいてあります。私が虫の世界を本気で面白いと思っていれば、それがいつの間にか子供たちに伝わる、伝わるかもしれない。大切なのはそこである。これは虫取りについての筆者の考え、どうありたいかということ、伝える一つの形ということが書いてありますね。そして結論。最終段落を見てみましょう。こういったテーマを通じて何を言いたいか。情報化されるものだけが存在する。それがネット社会のメタメッセージである。要はネット社会では検索して出てくるものが情報ですものね。伝えるものです。すべてが言葉になり、写真になり、図表になっています。これはネット社会ではそうなっていますね。但し、添えれがいかに貧しい世界か確認してもらいたい、もっと時間を共有することによっていつの間にか伝わるという大切な感じ取る実感というものがあるはずだ、これを最終メタメッセージとして言いたいわけですね。ですから、筆者の言いたいことは、ネット社会、つまり情報化されている社会は貧しい世界だという考え方を入れていきましょう。情報化されたものだけが存在するという考え方は貧しい、もっと実感できる、時を共有して実感するということも大事にしてもらいたいということを入れていけばいいと思います。

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